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名古屋地方裁判所 昭和53年(ワ)2861号 判決

原告(反訴被告) 久田正令

右訴訟代理人弁護士 村元博

同 大道寺徹也

同 野島達雄

被告(反訴原告) 横畑五夫

右訴訟代理人弁護士 石原金三

同 塩見渉

同 中村正典

主文

一  被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し、別紙目録記載の各土地を明け渡せ。

二  被告(反訴原告)の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じて被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告(反訴被告)

主文同旨

二  被告(反訴原告)

1  原告(反訴被告)の請求を棄却する。

2  被告(反訴原告)と原告(反訴被告)との間において、被告(反訴原告)が別紙物件目録記載の土地について鉄骨建物所有の目的で、賃借期間昭和四五年四月二〇日より六〇年、賃料一ヶ月金二万五〇〇〇円、毎月末日支払の定めによる賃借権を有することを確認する。

3  訴訟費用は、本件反訴を通じて原告(反訴被告)の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求の原因

1  原告(反訴被告、以下単に原告という)は別紙目録記載の各土地(以下本件各土地という)の所有者であるが、昭和四五年四月二〇日被告(反訴原告、以下単に被告という)に対し右各土地を平家建工場建築を目的として賃貸した。

2  被告は一年程本件各土地を資材置場として使用していたが、右契約に違反して右各土地上に鉄骨造鉄筋四階建共同住宅を建設することを企て、昭和四六年三月上旬頃原告方を訪れて、原告の妻訴外久田弘子に対し、右建設計画を秘して「農地を宅地に変更するについて原告の印鑑が必要だから貸して欲しい」と虚偽の事実を申し出て右訴外人を誤信させ、原告の印鑑の交付を受けて原告名義の承諾書を作成して農地委員会の許可を得んとした。

3  原告は被告の本件賃貸借契約に違背する右用法違反行為を知り、昭和四六年四月二八日付、内容証明郵便を以て被告に対し右賃貸借契約解除の意思表示をなし、右意思表示は遅くとも同年五月一日には被告に到達した。

4  被告は右意思表示到達後、前記建設計画を断念し、本件各土地を被告の経営する株式会社横畑建設の資材置場としてのみ使用していたので、原告は本件各土地の明渡を猶予して来たが、被告は昭和五三年六月二一日右各土地上に倉庫を建築すると称して工事に着手した。

5  然し、被告の本件各土地占有は右に述べた如く何らの権原にもとづかない不法なものであるので、右各土地の明け渡しを求める。

二  本訴請求の原因に対する認否

1  請求原因事実(以下同事実という)一のうち「平家建工場建物を目的として」の点を否認し、その余は認める。

2  同事実二のうち「右契約に違反して」「右建設計画を秘して」「虚偽の事実を申し出て右訴外人を誤信させ、原告の印鑑の交付を受けて」を否認し、その余は認める。

なお、被告は原告から賃借した本件土地が農地であったため右土地を宅地に変更するとともに、右土地上に契約書記載のとおり鉄骨建物を建てるべく、その旨原告の妻訴外久田弘子に説明して関係書類に原告の印鑑の押捺を依頼したものであって、決して同人に虚偽の事実を申し出て誤信させたものではない。

3  同事実三のうち「被告の本件賃貸借契約に違背する右用法違反行為」を否認し、その余は認める。

4  同事実四のうち「原告は本件各土地の明渡を猶予してきたが」を否認し、その余は認める。

なお、被告が建物建設計画を断念したのは原告との間で無用なトラブルを起すことは出来るだけ避けたいという配慮からであって、決して建物建築が用法違反であることを認めたものではない。

5  同事実5については争う。

三  反訴請求の原因

1  被告は、昭和四五年四月二〇日、原告からその所有に係る別紙物件目録記載の土地(以下単に本件土地という)を鉄骨建物所有の目的で、賃借期間右同日より一〇年間、賃料一ヶ月金二万円、毎月末日払いとの約定で賃借し、同月二八日礼金として三三万円支払った。

2  その後、被告は前記契約内容に従って、本件土地上に鉄骨造四階建建物を建てるべく準備をしていたが、右事実を聞知した原告が代理人を通じて、昭和四六年四月二八日付内容証明郵便で本件賃貸借契約を用法違反等を理由として解除する旨の通知をしてきた。

被告は、原告からの突然の右解除通知に驚き、しかもその解除理由が用法違反及び印鑑の冒用ということになっており、被告としては全く身に覚えのないことで理解に苦しんだが、原告の反対を押切って建物を建てても後でトラブルになっては困ると考え右建物の建築を差し控えることにした。

3  被告はその後、やむなく本件土地を資材置場としてのみ使用してきたが、昭和五三年六月、本件土地上に倉庫(鉄骨造)を建築すべく、基礎造りを開始するとともに、原告に対し、倉庫を建てる旨の通知をしたところ同人の妻から「もうあと(賃貸借期間が)一年あまりだから建ててもらっては困る」と言われ、しかも再び代理人を通じて同年六月二六日付内容証明郵便で、建物建築の即時中止を求める通知をしてきた。

4  被告は、本件賃貸借契約時より現在に至るまで原告に対し、地代を支払い続け、原告も異議なくこれを受領してきたものであり、昭和四七年四月からは原告の賃料値上げの要求に応じて一ヶ月二万五〇〇〇円を支払っているものである。

にもかかわらず、被告が前記三のとおり建物を建てようとすると、原告は建物建築を阻止する態度をとり、さらには、被告の借地権の存在すら否定する挙に出たのである。右原告の態度は借主に賃貸物を使用収益させるという貸主としての義務に明らかに違反するものである。

5  なお、本件賃貸借契約で賃貸借期間を一〇年と定めたのは明らかに借地法第二条二項、第一一条に違反しており、同法第二条一項により「堅固な建物」所有を目的とするものとして六〇年となるべきものである。仮に「堅固な建物」所有を目的とするものでなかったとしても同条項の「その他の建物」所有を目的とするものとして賃貸借期間が三〇年に短縮されるにすぎない。

6  よって、被告は原告に対し、反訴請求の趣旨記載の判決を求める。

四  反訴請求の原因に対する認否

1  反訴請求原因事実第1項のうち、「鉄骨建物所有の目的で」、「三三万円」との各事実を否認し、その余は認める。原被告間の賃貸借契約の目的は鉄骨平家建工場である。また原告が受領した礼金は金三〇万円である。

2  同第2項前段のうち、「前記契約内容に従って」、「四階建鉄骨建物」との各事実を否認し、その余は認める。被告が建設せんとしたのは鉄骨造四階建共同住宅である。

同項後段は不知。

3  同第3項のうち、「同人の妻から……といわれ」との事実を否認し、その余は認める。

4  同第4項前段は否認する。同第2項前段の解除の意思表示の後も被告が金員を原告の口座宛送金して来たので、原告は明渡までの賃料相当額の使用損害金として受領していたものであり、賃料を受領したものではない。

同項後段は争う。

5  同第5項、同第6項は争う。

第三証拠《省略》

理由

第一  本訴請求に対する判断

一  原告が本件各土地の所有者であり、昭和四五年四月二〇日被告に対し右各土地を建物建築を目的として賃貸したこと、被告が一年程本件各土地を資材置場として使用していたこと、原告が被告に対し右各土地上に鉄骨造鉄筋四階建共同住宅を建設することを企て、昭和四六年三月上旬頃原告方を訪れて、原告の妻訴外久田弘子(以下単に弘子という)に対し「農地を宅地に変更するについて原告の印鑑が必要だから貸して欲しい」と申し出て原告名義の承諾書を作成して農地委員会の許可を得んとしたこと、原告が昭和四六年四月二八日付内容証明郵便を以て被告に対し右賃貸借契約解除の意思表示をなし、右意思表示は遅くとも同年五月一日に被告に到達したこと、右意思表示到達後被告が前記建設計画を断念し、本件各土地を被告の経営する株式会社横畑建設の資材置場としてのみ使用していたこと、被告が昭和五三年六月二一日右各土地上に倉庫を建築すると称して工事に着手したことは当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

1  原告は大工業を主とし、その傍ら農業を営む者、その妻弘子は原告と共に農業を営む者であり、また被告は建築業、建売りを主とする不動産業、自動車部品製造業を営む者である。

2  昭和四五年四月当時、本件各土地のうち別紙物件目録一の土地(地目畑)には里芋が植えてあり、別紙物件目録二の土地(地目田)は稲刈した跡のままの状態であった。

3  同月初頃、訴外弘子が畑作業をしていると、被告がやって来て同女に対し、平家建工場を建てたいので本件各土地を貸して貰いたい旨申し入れたが、弘子は右申入れを断った。なお、原告は毎日昼間は大工仕事のため外出しており、当日も不在であった。

4  被告は、その後も殆んど毎日の様に原告方或いは弘子が作業している畑へやって来て同女に対し、本件各土地の上に建てたいと思っているのは工場であって人は住まないので居住権の問題は起きないから安心して貸してくれなどといい、また、本件各土地の隣地(名古屋市中川区野田町字下平賀三一番の土地)の所有者である久田みやを(契約上の名義人は同女の夫の久田徳十郎)との間における右土地の賃貸借契約書を持参して弘子に示し、この土地の賃貸借期間は三〇年だから本件各土地の賃貸借期間も三〇年にして貸して貰いたいと述べた。

5  弘子が被告のこのような申入れを原告に伝えて本件各土地を被告に貸すことの是非につき原告と相談したところ、原告は当初は本件各土地を被告に貸すことに消極的であったが、結局貸すか断るか、貸す場合の条件についての交渉の一切を弘子に一任することにした。

被告との右交渉を通じ、弘子は、地上建物が平家建工場であること、期間が長くないこと等の条件を被告が受け入れるのであれば本件各土地を被告に貸そうと考えるようになり、被告に対し、本件各土地を貸してもよいが、建物は平家建工場、期間は一〇年ということでなければ貸すことができない旨返事をした。

6  弘子が被告に対し本件各土地を貸すことを承諾した数日後の昭和四五年四月二〇日に、被告が本件各土地についての借地契約書を作成して原告方に持参した。右書面は貸主たる原告の住所氏名までタイプで打たれたもの(但し、契約年月日の昭和「四拾五」年「四」月「弐拾」日の括弧内部分と被告の住所のみはペン書き)であったが、被告は原告方に居合わせた弘子(原告は不在)に対し、右書面を示し、「あんたの方の希望通り一〇年の期間の契約書を作成したから押印してくれ。」といって、右書面中に記載されている原告名下に原告の印章を押捺することを求めた。

弘子が右書面を見ると、第二条本文に「本契約による借地権の存続期間は締結日より向う一〇年とする。」と明記されていた(同条但書に「但し該期間満了の際建物が存在するとき借主は契約の更新を請求することができる。」と記載されてあることには気付かず、また借地法一一条の存在は知らなかった)ので、地上建物の存続の有無にかかわらず一〇年後には本件各土地を被告より返して貰えるものと安心した。

また、右書面の第一条には、「被告は鉄骨建物を所有する目的で本件各土地を借受けた」旨記載されているが、本件各土地上に建築しようとする建物が鉄骨建物であることは四月二〇日以前の交渉において被告より原告ないし弘子に対し告げられたことがなく、四月二〇日の会議の席でも被告はその点につき弘子に対し何らの説明もしなかった。

しかし、弘子は右条項につき別段異議を述べることなく本件各土地を平家建工場を所有する目的で被告に貸す意思で右書面中の原告名下に押印し、これにより本件各土地の賃貸借契約は成立した。

なお、弘子は同月二八日本件各土地を被告に貸すについての礼金として被告より金三三万円を受領した。

7  被告は本件賃貸借契約成立後本件各土地を建築材料置場として使用していた。

8  被告は本件各土地(原告所有の中川区野田町字森町五〇番の五の田三〇平方メートルと共に名古屋市野田土地区画整理組合による土地区画整理事業の施行区域内の土地で、仮換地としてブロック番号一〇九、仮地番八、地積二〇四・二九平方メートルが指定されている)並びに隣地である訴外久田みやを所有の中川区野田町字下平賀三一番(畑)及び三一番の一(田)の各土地(仮換地ブロック番号一〇九、仮地番七)の上に鉄骨造四階建共同住宅(延べ面積七三〇平方メートル)を建築することを企て、昭和四五年七月一四日に野田土地区画整理組合より本件各土地及び久田みやを所有の前記各土地につき仮換地証明を受け、次いで昭和四六年三月上旬か中旬頃、原告方に農地法五条一項三号の規定による農地転用届書の用紙を持参し、居合わせた弘子に対し、「農地を宅地に変更するについての書類に判がいるので判を貸してくれ」と言い、同女が差し出した原告の印鑑を被告があらかじめ右書面中の譲渡人(賃貸人)氏名欄に記載しておいた原告名下に押印した。その際被告は右書面中の「転用の目的に係る事業または施設の概要」欄に記載しておいた「鉄骨造四階建共同住宅延べ面積七三〇平方メートル」の部分は弘子に示さず、また、弘子に対し、鉄骨造四階建共同住宅の建築を企てているということは、将来の希望ないし構想としても全く言わなかった。被告は原告におけるのと同様の方法で久田みやをからも右届出書に押印して貰い、同年三月二五日右届出書を名古屋市中川区農業委員会に提出した。なお、被告は右届出書を提出するにあたって、建築予定の建物の図面も提出したが、右図面によれば、住居部分のみで工場部分は全くなかった。

9  被告が右届出書を農業委員会に提出した後間もなく、弘子は中川区農業委員の二村時治から、「被告が右届出書を提出したが、四階建共同住宅建築を目的とする本件各土地の賃貸借契約をしたのか」と聞かれ、びっくりして、「被告との間でそのような契約をした覚えはない」と答えた。

そして弘子が直ちに電話で被告に対し、右届出書を提出したことに抗議したところ、被告は黙っていたので、弘子は直ちに弁護士(原告代理人)と相談の上、原告名義の被告宛内容証明(本件賃貸借契約の解除通告書)を被告宛に出した。

これに対し被告は、その後間もなく弘子に対し、「内容証明を出す前に何故一言言ってくれなかったのか」と言い、また、その直後原告方を訪れ、弘子及びその場に居合せた原告に対し、持参した前記四階建共同住宅建築の設計図を示しながら「二村が余計なことを言ったために折角の設計図が無駄になった」と言った。

更に被告は、右二村に対しても、「お前がいらんことをしゃべったため折角の計画が無駄になった」といった。

10  原告が被告宛に前記内容証明を出した後、被告は本件各土地上に建物を建てる様子もなかったので、原告は被告が建築材料置場として本件各土地を使用することを黙認していた。そして、本件各土地の使用の代償として被告が銀行振込で送金してきたので、原告は昭和四七年三月までは月額二万円を受領していた。同年四月以降原告は被告に対し五〇〇〇円の値上げを要求し同じく銀行振込で月額二万五〇〇〇円を受領してきた。

11  昭和五三年六月頃弘子は本件各土地上に建物を建てるためその基礎工事に取りかかったことを隣地の人から聞いた。そして、その後間もなく被告が弘子の所へ書類(契約書)を持参してきて、本件各土地上に倉庫を建てるので押印してくれと言った。そして、弘子が押印を拒否すると、被告は「判を押してくれないのなら、こちらにも考えがある」と言い残して帰った。これに対し原告は直ちに被告宛通告書を出して被告が建築を開始した倉庫様の建物の建築の即刻中止、撤去を要求した。

12  被告は昭和四三年九月二六日本件各土地の隣地である久田みやを所有の中川区野田町字下平賀三一番(畑)及び三一番の一(田)の各土地を借地権の存続期間三〇年ということで賃借し、昭和四四年初頃に右土地上に木造二階建の工場兼従業員寮を建築したが、右土地については農地法五条の規定による農地転用の届出をしておらず、また、右建物については建築確認申請を行なっていない。ただ、右建物についての水道装置だけは昭和四五年八月に至り設けている。他方、被告は、昭和四四年一〇月に本件土地の近隣地である字下平賀三〇番の借地上に建売住宅四戸を建築し、これについては同月二一日付で建築確認申請をしているが、その際提出された確認申請書には用途地域として住居地域と明記されている。なお、本件各土地は、昭和四五年四月当時から現在に至るまで建築基準法による住居地域に指定されている。

13  久田徳十郎と久田みやをの娘久田巳好は昭和四五年七月頃原告が被告に対し本件各土地を借地権の存続期間一〇年ということで賃貸したことを聞知し、久田みやをが被告に貸している前記土地の借地権の存続期間が三〇年になっているのを原告同様に一〇年に改めることなどを訴外梶浦喜久枝を通じて被告に申し入れ、それにより賃貸借契約書の文言は申入れどおりに改められた。

三  被告は本人尋問において、本件賃貸借契約締結に当たっては、原告及び弘子と話し合って建てる建物は鉄骨二階建ての工場か倉庫とすることで話がまとまった、自分としては原告の了解が得られ、しかも資金があれば、四階建の工場兼住宅を建てる心算はあった、期限の話はなかったと思う、契約書は原告が作った、私が一〇年という期間を知ったのはこの裁判を起こされてからである、本件各土地を借りる時私はその土地が住居地域であり、工場が建てられないということは知らなかった、農地転用届書に原告の署名・押印を求めるにあたって弘子に対し、こういう建物を建てるからといって右書類を示して判を貰った、右届書を農業委員会に提出する時将来の希望、構想として四階建の工場兼住宅の心算で共同住宅と記載したのであり、実際に建築するときには原告の了解を得る心算だったなどと供述するが、右供述はそれ自体或いは前掲各証拠に照らすと不自然な点が多く(例えば、不動産業者である被告が賃貸借契約に当たって期間につき原告と話し合わなかったということなど)、前記認定に反する部分は《証拠省略》と共ににわかに措信し難く、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

四  前記認定事実によれば、昭和四五年四月二〇日に原告、被告間に成立した本件各土地の賃貸借契約は平家建鉄骨工場を所有する目的のものであったこと、その借地権の存続期間は「堅固ノ建物ノ所有ヲ目的トスルモノ」として六〇年と解されること、しかしながら、本件賃貸借契約締結に当たり、原告には本件各土地を被告に一〇年を超える期間貸す意思はなく、また一〇年という期間の定めが借地法により無効になるということは全く予期していなかったこと、これに対し被告は不動産業者として一〇年という期間が無効になることを十分承知の上で原告及び弘子の土地賃貸借についての知識、経験が不十分なのに乗じて本件賃貸借契約書に期間を一〇年とする条項を入れ、また、右契約書作成以前に弘子の了解を得ていなかった鉄骨建物という文言を契約条項に入れて弘子に押印を求め、弘子をして押印するまでに十分検討する余裕を与えなかったこと、本件賃貸借契約締結当時被告は本件各土地が建築基準法による住居地域に指定されており、工場を建築することは原則として認められないことを十分に知っており、かつ、同地上に四階建共同住宅(マンション・アパート)を建築する意図を有しながらそれらのことは弘子に秘し、敢えて本件賃貸借契約を締結したことが認められる。被告は、このようにして本件賃貸借契約を締結した後、前記二8記載のとおり昭和四六年三月上旬か中旬頃原告方を訪れ、弘子に対し、本件各土地上に鉄骨造四階建共同住宅を建設する計画を秘し、平家建鉄骨工場建築のため農地を宅地に変更するについての書類に原告の印鑑が必要であるかのように述べて弘子を誤信させ原告の印鑑の交付を受けて原告名義の鉄骨造四階建共同住宅の建築を目的とする農地転用届書を作成し、農業委員会の許可を得ようとしたものである。そして、その後の事情は前記二9ないし11記載のとおりである。

以上の事実関係によれば、被告は本件各土地の用法に関し賃借人としての義務に違反したのみならず、本件賃貸借契約締結の際及び前記農地転用届書の届出後の被告の所為及び態度からみれば、賃貸人である原告としては、被告が将来も賃借人としての義務を誠実に履行することは到底期待しえないものというべきであるから、このような被告の所為及び態度は本件賃貸借契約の即時解除の原因となりうるものと解するのが相当である。

従って、原告が被告に対しなした前記解除の意思表示は有効であり、本件賃貸借契約は昭和四六年五月一日をもって解除されたものというべきである。

なお、原告は右解除の意思表示後直ちに被告に対し本件各土地の明渡しを求めず、被告が建築材料置場として使用するのを黙認し、その対価的意義を有する金銭を受領し、また値上げ要求を一回した事実が認められるが、前記事実関係よりすれば、原告は前記解除の意思表示後はもはやどのような意味でも建物所有を目的として本件各土地を被告に賃貸する意思はなく、被告が建築材料置場として本件各土地を使用しているので単に明渡しを猶予し、使用料相当額の損害金を受領してきたに過ぎないものと認められるのであり、被告に本件各土地の占有権原があるものとは認められない。

そうだとすれば、原告の本訴請求は理由がある。

第二  反訴請求に対する判断

一  被告が昭和四五年四月二〇日原告からその所有に係る本件各土地を建物所有の目的で、賃借期間右同日より一〇年間、賃料一ヶ月金二万円、毎月末日払いとの約定で賃借し、同月二八日礼金として三〇万円を支払ったこと、原告が昭和四六年四月二八日付内容証明郵便で、本件賃貸借契約解除の通知をしたこと、反訴請求原因第3項の事実中「同人の妻から……と言われ」との事実以外の部分は、当事者間に争いがない。

二  昭和四五年四月二〇日に原告、被告間に成立した本件各土地の賃貸借契約が被告主張の如く鉄骨建物の所有を目的とするものではなく、平家建鉄骨工場の所有を目的とするものであること、本件賃貸借契約における借地権の存続期間は「堅固ノ建物ノ所有ヲ目的トスルモノ」として六〇年と解されること、本件賃貸借契約が昭和四六年四月二八日付内容証明郵便で用法違反等を理由として解除されたこと、右解除の意思表示が有効と認められること、右解除後原告は被告に対し本件各土地の明渡しを猶予し、使用料相当額の損害金を受領してきたに過ぎず、被告に本件各土地の占有権原があるものとは認められないことは前記第一、二、三において判示したとおりである。

そうだとすれば、被告の反訴請求は理由がない。

第三  以上のとおりであって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、被告の反訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川井重男)

〈以下省略〉

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